Sir Ernest Henry Shackleton (1874 - 1922)
イギリス人南極探検家アーネスト・シャクルトンは南極大陸横断という探検に、新聞広告で5000人の応募者の中から
選りすぐった精鋭27名の隊員を連れてエンデュアランス号という船で1914年8月8日にロンドンを出発した。
因みに、「エンデュアランス」とは「耐える」という意味でシャクルトン家の家訓であった。
しかし、翌1915年1月18日にエンデュアランス号は流氷の海で立ち往生し、南極大陸横断を断念せざるを得なくなった。
その時から氷の国南極から故郷イギリスを目指す、苦難に満ちた旅が始まった。
エンデュアランス号は流氷に閉じ込められたまま漂流し、11月21日、分厚い氷に押しつぶされるように沈没してしまう。
救助を求めるための通信手段など、当時は何もない。そもそも救助を求めたところで、これほど極地に近い場所には
誰も近づくことさえできない。シャクルトンたちは船から持ち出した備品を使って流氷の上でキャンプ生活をしながら、
自力で脱出する機会をうかがっていた。
シャクルトン達はエンデュアランス号から降ろした救命ボート3艘と共に流氷に乗ってさらに漂流を続け、
翌1916年4月9日についに流氷の海を脱出し、3艘のボートで荒れ狂う海に漕ぎ出す。
彼らは、流氷と荒れ狂う波と戦いながら4月14日に南極半島の先南緯61度にある無人のエレファント島に辿り着き、
1年4か月ぶりに陸地に立った。
さらにシャクルトンは救援を求めるために隊員5名を連れて、エレファント島から北東に1300km離れた捕鯨基地のある
サウスジョージア島に向けて出発。
シャクルトンは5月20日についにサウスジョージア島の捕鯨基地に辿り着く。
「シャクルトン生還」のニュースは第一次世界大戦の最中で騒然としていた世界を駆け巡り、戦争で疲労困憊していた
人々に大変な感動をもたらした。
エレファント島に残してきた22名の隊員の救出も流氷に阻まれ困難を極めたが、8月30日についに全員を救出することが
できた。
極寒の南極大陸を2年間さまよった末に、シャクルトンはついに27名の隊員とともに生還を果たしたのである。
シャクルトンは南極大陸横断という探検には失敗したものの、史上最も栄光ある大航海を成功させた。
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